大賀さん(仮名)
62歳 東京都国立市在住 無職
保険:国民健康保険
病名:COPD
病歴:10年
在宅酸素療法歴:3年
「最初は息ギレと咳き込み。それに出しても出してもすっきりしないタン。もしかしたら何か悪い病気ではないかと」
喫煙歴約30年。両切りピースを1日20本吸っていた大賀さんが、思い余って自宅近くの民間総合医院に駆け込んだのは今から10年前。52歳のときでした。
問診とエックス線撮影の検査のあと、告げられた病名は慢性気管支炎。密かに肺がんを疑っていた大賀さんにとって、この病名は「カゼひき程度のイメージ。大したことはないと。いまとなってはこの認識がまちがいのもとでしたけど」と苦笑いします。
仕事では世界中を飛び回っていた大賀さん。COPDという病名を知ったのも、仕事先のロサンゼルスでした。オフ会の席で咳き込み、客先企業のエンジニアに「君はもしかしたらCOPDでは?」と指摘を受けたのです。55歳で退職。隠居生活を選択。とはいうものの、退職後は安静にしていても息ギレや咳き込むことが多くなり、旅行どころか家の中に引きこもる日々。再受診を決意したのは「いよいよ息苦しくなり、これはもう限界」と覚悟したとき。59歳だったそうです。
病院では、胸部エックス線撮影のほか、パルスオキシメーターやスパイロメーターでの検査も実施。予想通り病名はCOPDでした。医師からは、在宅酸素療法をすすめられました。
受診から2日後には、濃縮酸素器と携帯用の酸素ボンベなど器具一式が、業者から届きました。しかし、大賀さんはとてもがっかりしたといいます。
「機械が、とても古く、音がうるさかったのです。使ってみると、少しは呼吸がラクかなとは思いましたが、徐々に別の不安が押し寄せてくるのです。もしも、機械が壊れたらどうなるのだろう。停電したら、火事になったら……。そう考えると不安で不安で。ましてや携帯用の酸素ボンベを持ってまで外に出る気にならない。カニューラをつけて外出することにも抵抗がありました」
転機は、医師から「国立大学の付属病院でCOPDの在宅酸素療法に関する疾病管理プログラムが開発されたらしいけど、モニターでやってみない?」と声をかけられたことでした。
「いまと同じ費用負担であれば」と引き受けました。
「要は、専用ドリルを使って病気や酸素療法についての知識と理解をFAXでやりとりしながら深めていくのです。さらに医療知識と介護スキルを持った担当者が自宅に訪れ、実際に外出に付き合ってくれたり、緊急時の避難訓練をしてくれたり。お陰でいろいろ抱いていた不安が払拭され、安心して酸素が吸入できるようになりました」
納得して酸素療法を取り入れることができるようになり、現在、パルスオキシメーターでこまめに酸素飽和量を測定しながら、かかりつけ医と相談して、吸う酸素の量を調整。入浴や睡眠時を含めて酸素を24時間吸引し、酸素ボンベをリュックにセットして1日30分の散歩も欠かしません。妻の美枝さんと北海道へ、念願だった温泉旅行も果たしました。「いまはカニューラの抵抗は全くありません。目の悪い人がメガネをかけるように、酸素が欠乏している私たちが酸素器で酸素を補う。当たり前のことではないでしょうか。」最近ではブログも始め、第二章の人生をしっかりと歩まれています。
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